// notes
開く前の一秒
ふいに浮かんだ考えほど、消えるのが早い。覚えておこうと思ったことは、案外残っている。消えるのは、歩いている途中や、別のことをしている最中に、どこからともなく湧いてくるほうだ。一瞬だけ明るく光って、それきりいなくなる。「さっき、なんかいいこと思いついたんだけど」と思い返してみても、残っているのは「いいことだった」という感触だけ、という経験を、何度もしてきた。
それをスマートフォンで捕まえようと、長いあいだ試してきた。メモアプリもいろいろ使った。気づいたのは、どれが悪いということではなく、どれも書く前に何かを求めてくる、ということだった。ロックを解除して、アプリを探して、開くのを待って、「新規作成」を押す。フォルダを選ばされることもあれば、タイトルを求められることもある。ひとつひとつは小さい。けれど合わせると、考えの輪郭がぼやけるには十分な長さで、ときには考えそのものを失うには十分な長さだった。
もうひとつ、言葉にしにくいことがあった。「新規作成」を押すという動作が、自分を「書く態勢」に入らせてしまう。タイトル欄のついた白紙は、ちゃんと書くことへの招待状で、気づくと言葉を選び、言い回しを整え、体裁を気にしている自分がいた。誰かに向けて書く文章では当然必要な態度だと思う。でも、残したいのは、今思いついたアイデアだったり、今この瞬間に感じたこと。それらを手順にのっとって着せ替えを終えるころには、別の形になっている。何度か諦めて、紙のメモ帳に戻した。紙は何も求めない。開けば、もう待っている。
MEMOROLL は、そこから始まった。機能の一覧からではなく、ひとつのアクションから。思いついてから、文字になるまでのアクション。アプリの中のことは全部、そのアクションが短くなるかどうかで決めた。
邪魔になるものを、どけた
アプリを開くと、カーソルはもう入力欄にある。「新規作成」のボタンはない。入力欄そのものがメモになり、タイトルはない。新しいアイデアにタイトルをつけている暇はない。フォルダもない。どこに属するかを決めるのは、それが何だったか分かってからの仕事だ。日付さえ邪魔をしない。日付の境目は深夜四時で、夜中の一時に書いたメモが「今日か昨日か」を考えさせることはない。
一瞬のためらいをひとつひとつ取り除くことで、アイデアは純度を保って私のスマホに残ることができる。
結果は、望んでいたとおりになった。頭に浮かんだ考えを、ほぼ生まれたままの姿で書けるようになった。質素で、未完成で、ときには数語だけ。アプリが体裁を求めないので、整えない。あとで読み返すものは、自分が実際に考えたことに近い。
アプリを開く前に
1.1 では、出発点をもう一段だけ前に動かした。アプリを開く前まで。ロック画面にウィジェットを置いた。アプリのアイコンである本位記号(ナチュラル)がひとつ、ほかには何もない。それをタップすると、入力欄が開く。同じ入り口を、コントロールセンターと、アクションボタンと、Siri にも置いた。そして、どの画面で閉じても、開き直せば入力欄に戻る。書くほうを標準動作とした。
このためにサーバーもアカウントも要らなかったし、ウィジェットはデータを持たない。扉を開けるだけだ。ポケットから出して書き始めるまでが、ロック解除と、一タップ。紙のメモ帳に、自分の知る限りいちばん近づいた。
残したもの
スピードにこだわったのは、書き始めに関わる部分。書いたあとのメモはタイムラインに並ぶ。その日の分は番号のついたピンになって地図に置かれ、線でつながる。カレンダーがあり、日ごとのページがある。これらは、あとで振り返る自分のため。ひと月後、一年後に読み返して、時間と場所とともに自身の行動をたどるために。そして、このプロセスが、決して繰り返しの毎日ではなかったことを知る手がかりになってほしいと願う。
このアプリには、ふたつのスピード感がある。入り口は速く、アイデアが生き残るように。帰り道は遅く、ゆっくりと振り返るために。このふたつが衝突したことはない。入り口の速さにこだわったことは、未来からみた今を可能な限り正確に、ありのままで残すことでもあった。
MEMOROLL は App Store で無料(日本語・英語)。奄美大島で、一人の開発者が作りました。 — https://resdev.jp/app/memoroll/